勝つと思うな 思えば負けよ の勝負哲学

美空ひばりが歌う「柔」の冒頭の歌詞にある「勝つと思うな 思えば負けよ」という文句がある。続けて「負けてもともと この旨の」と続く関沢新一作詞のこの歌詞に勝負哲学というものを感じる。

この訓戒は吉田兼好 徒然草の「勝たんと打つべからず 負けじと打つべきなり 」が出典である事を知った。双六の名人が言うには、どの手が早く負けてしまうかを考えて、その手を使わずに、たとえ一目でも遅く負ける手に従うのが良いという事らしい。この双六名人に吉田兼好がいたく感心している事も書かれているようだけれども、確かにこの考え方は単に勝負事に限らず人生そして天下国家にも当てはまるように思った。実は負け方にも色々とあるという事なのだ。

将棋で言えば、やはり玉を囲うのは、この考え方に沿った鉄則のようにも思う。居玉で戦うより穴熊囲いで戦った方が同じ負けるのでも手数は長くなるに違いないからだ。ギャンブルならば大金で一気に勝負するのではなく少しずつ勝負して行く方が「遅く負ける手」なのかもしれない。

人生について考えてみた。人生の敗局に立たされたとしても幾つもの道があり、その時の選択すべき延命策について思いをめぐらしてみたのだ。

人は思うなと言われても、どうしても勝つと思う。負けるとは思わない。それが人の弱さなのかもしれない。

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