お彼岸にあの世とこの世が最も近くなって三途の川が見える?

如何に生きるべきか

お彼岸とは秋と春にあって昼の長さと夜の長さが同じになる時の分岐点である事からであろうか?或いは浄土宗で言われるように太陽が真東から真西に沈む時である為に真西にあるとされる極楽浄土に最も近くなる日であるからだろうか?御墓参りをして先祖供養を行い功徳を積む時とされている。それは朝一番を大切にしたり、月初め、正月を大切にするのと同じ様な考え方に基づいていると考えられるのかもしれない。霊的な世界と時間は密接な関係にあるのかもしれない。

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三途の川とは現世とあの世(彼岸)を分ける境目にあるとされる川の事らしい。三途を表す餓鬼道・畜生道・地獄道に陥った者が流される川の事で、死んだ時に「三途の川を渡れない」とはあの世に行けない、つまりは成仏出来ない者の道を表現した言葉らしい。

でも、三途の川の川岸に住んでいる鬼の夫婦に六文銭を渡せば悪人も生前の罪を悔い改めたものとみなされ、善人と同じ船で彼岸に渡る事が出来るらしい。

この餓鬼道・畜生道・地獄道に修羅道・人間道・天道を加える事で六道輪廻と言い人の魂が繰り返さねばならない因縁を表現するらしい。そして、この六道輪廻という因縁から自由になる事を解脱というようだ。或いは「悟りをひらく」と言うらしい。

極楽を知る事は大事であるが、このように地獄を知る事も大事なのだ。ある霊能者によると殆どの夫婦はあの世に行って、まず一緒にいる事は無いらしい。それだけではなく、あの世に行った95パーセントの人が何らかの地獄にいるという事らしい。あの世の地獄にいる人にとって、血縁とはあの世からの命綱であり、供養される事は救命ボートのようなものらしい。そこに人生の多くの問題が発生する原因があるようなのだが、多くの場合、ご先祖さまも我々も結局はなかなか救われないままでいるものなのかもしれない。毎日毎日忙しく追われるように働いている我々であるが、実は救いを求めて彷徨い続けているのが我々の本質なのかもしれないと考える事はないだろうか?

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